ダチョウ倶楽部の由来はなに?4人目のメンバーがいた過去も!

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俳優やお笑い芸人として活躍していた、上島竜兵さんがお亡くなりになりました。

『どうぞどうぞ』『押すなよ』といったセリフが人気を博し、帽子を1回転させて被り直す「くるりんぱ!」を実際にやったことがある人も多いと思います。

一般人でも使えるギャグを多く持っているダチョウ倶楽部ですが、そもそも「ダチョウ倶楽部」という名前はどのようにしてつけられたのでしょうか?

過去には4人で活動していたことも分かったので、ここでは人気お笑いトリオのダチョウ倶楽部についてまとめていきたいと思います。

 

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ダチョウ倶楽部の名前の由来は?

今では『ダチョウ倶楽部』という名前が一つの言葉の様に感じられるほど浸透していますが、なんで「ダチョウ」と「倶楽部」なのか気になったことはありませんか?

ダチョウ倶楽部の由来については、2020年のトークショーで語られていることが分かりました。

名前の由来を聞かれたリーダーの肥後克広は「東京で売れている芸人はたけしさん、とんねるず、所ジョージ、タモリさんとすべて頭のイニシャルが『T』。爆風スランプが売れていて、濁音がつくといいというのでダチョウになり、おニャン子クラブが人気があったので、『ダチョウ倶楽部』になった。でも、ダチョウは『D』だと1年後に気づいた。ドリフターズが『D』だと気を取り直したら、ドリフはザ・ドリフターズでやっぱり『T』だった」と笑わせた。
引用元:日刊スポーツ

なんと、勘違いから生まれたグループ名だったようです!

「本当に3人とも気が付かなかったの?」と思ってしまいますが、名前にこだわりが無かったのか、抜けているところもダチョウ倶楽部らしいと思ってしまいますね。

 

 

ダチョウ倶楽部に昔は4人目のメンバーがいた!

ダチョウ倶楽部のメンバーは何人?と聞かれたら、多くの人が「3人」と答えるでしょう。

しかし、グループ結成時は4人で活動していたことが分かりました。

その4人目のメンバーとは、現在電撃ネットワークで活動している南部虎弾(なんぶ とらた)さんで、ダチョウ倶楽部の初代リーダーでした。

肥後さん・ジモンさん・上島さんの3人は、20~30人が所属するコントグループ「キムチ倶楽部」の一員として活動していました。

当時、新人コント大会に出場することをすっかり忘れていたメンバーですが、直前で連絡のついた現在のダチョウ倶楽部3名と南部で出場し、それから4人での仕事が増えたことを機に名前を変え、『ダチョウ倶楽部』として4人で活動を開始しました。

しかし、芸風や方向性の違いから南部さんが脱退し、肥後さんをリーダーとした3人で活動していくことになりました。

南部脱退の理由について、しばらくは4人とも明確に語ろうとしなかったが徐々に明かすようになり、「南部が深夜上島に電話して『ビー玉飲めるか?』と尋ねたのに対して、出来ないと上島が拒んだところ、仲たがいになり南部が脱退した」と上島が語り、南部本人は「事前に根回しせず勝手に毒舌を吐くなど自分の独断行動に3人が付いていけなくなり、結果としてクビになった」と説明。
引用元:Wikipedia

メンバーの脱退を経験していたとは驚きでした!

3人で活動する時は身体を張ったギャグが多いですが、3人が互いを思いやるなど、仲の良さは広く知られていました。

そのきっかけともなったのは、ダチョウ倶楽部の3人がケツメイシのミュージックビデオに出演したことです。

素敵な楽曲にダチョウ倶楽部の魅力が詰まっているので、是非ご覧ください!

◆ケツメイシ『友よ~この先もずっと』

 

まとめ

ダチョウ倶楽部の由来や4人目のメンバーーについてまとめていきました。

残念ながら上島竜兵さんがこの世を去られてしまいましたが、ダチョウ倶楽部として歩んできた道は決して消えることはないと思います。

たくさんの笑顔を作ってくれた上島さんのご冥福をお祈りいたします。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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